#歴史 の検索結果 (1,708件)
地域の情報をつなぐ、見つける、届ける
雄翔館(予科練記念館)
海軍飛行予科練習生たちの聖地として知られる土浦海軍航空隊跡地に建つ施設です。全国19か所の航空隊を卒業した予科練出身者の遺書や遺影、遺品などの貴重な歴史的資料が展示されており、戦没者の最後の戦闘の様子を紹介するパネルもあります。陸上自衛隊が管理する無料の施設で、隣接する雄翔園とともに訪問できます。館内は小規模ながら情報量が多く、展示物を丁寧に見学すると1時間程度の時間を要します。
阿見町 予科練 平和記念館
海軍飛行予科練習生の歴史と平和を学べる施設です。昭和5年に開始された予科練制度で、14歳半から17歳の少年たちが搭乗員として基礎訓練を受けました。館内は7つのブースに分かれており、当時の訓練風景や生活の様子を遺品や資料、映像で知ることができます。口コミでは「情報量が多く2時間程度かかる」「生き残った予科練生の映像が見られる」との評価があり、独特な外観の建物も特徴です。入館には事前予約が必要です。
太田城(佐竹城・舞鶴城)跡
佐竹氏が約470年間居城とした城跡。佐竹氏三代隆義が入城する際に鶴が城上空を舞ったことから「舞鶴城」と呼ばれるようになりました。平安末期に藤原秀郷の子孫によって築城されたとされており、その後佐竹氏が秋田に移封されるまで重要な拠点として機能していました。現在は太田小学校が本郭跡に建っていますが、周囲の土塁跡や近くの若宮八幡宮境内に立つ「太田故城碑」から当時の面影を感じられます。広大な縄張りをもつ城址であり、歴史愛好家向けのスポットです。
西金砂神社イチョウ
樹齢700年を超える巨木のイチョウが、西金砂神社の参道入口に堂々と立っています。根本周囲12メートル、高さ29メートルの圧倒的な樹姿は、近くで見るとその生命力に圧倒されます。茨城県の天然記念物に指定されており、隣に立つサワラと同じ推定樹齢で、1200年以上前に一緒に植えられたかもしれないというロマンのある存在です。周辺は希少個体群保護林として大切に守られています。
馬坂城跡 大手門
平安時代の末期に佐竹氏の祖・昌義が築いた城郭です。約6000平方メートルの敷地に3つの曲輪を備えた平山城で、北を鶴が池、西南を山田川に囲まれた自然の要塞。縄文時代前期の貝塚も場内に残されています。整備された見学順路と案内板が充実しており、麓の駐車場からスニーカーで周回できます。40分程度で一周でき、夏場は虫除け対策があると快適に散策できます。
水戸八景「山寺晩鍾」
江戸時代、水戸徳川家9代藩主・徳川斉昭公が天保4年(1833年)に領内から選び出した「水戸八景」のひとつです。この地は、かつて久昌寺に付属する学寮「三昧堂檀林」があった場所で、数百名の学僧が修行に励んでいました。夕方6時になると梵鐘の音が町中に響き渡り、それが「山寺晩鐘」という風雅な景観として藩士たちに愛されていました。今は静かな高台に碑が残り、斉昭公自らの筆による「山寺晩鐘響幽壑」という詩句が刻まれています。深い緑に囲まれた静寂の中で、かつての繁栄と学問の灯火を偲ぶことができます。
水戸八景「太田落雁」
徳川斉昭公が領内を巡視して選定した水戸八景の一つ。鯨ヶ丘の高台にある石碑と展望台からは、東の方面に広がる街並みを一望できます。かつてはこの場所から阿武隈連山を背景にした素晴らしい眺めや、雁が苅田に降りる様子が見られたといい、その情景から「太田落雁」と命名されました。斉昭公が詠んだ歌碑も残されており、江戸時代の歴史を感じながら景観を楽しめるスポットです。
嵯峨神社
天喜4年に源頼義が創建したという古い歴史を持つ神社です。祭神は八千矛神(大己貴命)。かつては大石沢山に鎮座していましたが、元禄9年に徳川光圀公の命により現在地に遷座されました。木々に囲まれた参道は歴史の風情を感じさせ、東連地と芦間の鎮守として地元の信仰を集めています。例祭は4月9日と旧9月29日、7月には大杉祭が行われます。
岩船神社
元禄年間に創建され、平成4年に現在地へ遷宮した神社です。御祭神は天磐楠船命で、交通安全や航海安全のご利益があるとされています。かつて八幡宮を奉祀していましたが、藩主・徳川光圀公の命で改められた歴史を持ちます。整備された境内は清潔で、狛犬の愛らしい表情が特徴。道の駅おおたの近くにあり、JR水郡線河合駅から徒歩15分でアクセスできます。
鷹房神社
康平年間に源頼義が創建したとされる歴史ある神社です。伝説によれば、鷹が本殿後ろの矢篠に稲穂を落とし、村人がそれを植えたところ豊作になったことから「鷹房神社」と名付けられたといいます。珍しいことに、通常は本殿に納められている御神体が、この神社では矢篠の自然な姿のままで祀られています。現在の御祭神は健羽槌命で、紡績や産業開発の神として信仰されています。
金砂郷護国神社
金砂郷地区出身で戦争により殉死された508柱の英霊が祀られている護国神社です。昭和18年に遺族青年会の有志により各村に忠霊塔が建立され、その後昭和25年に金郷村護国神社として高柿町に遷座。昭和33年に現在の「金砂郷護國神社」に改称されました。平成29年には東日本大震災で損壊した拝殿が大改修され、現在も慰霊祭が3月と9月に行われています。
河合神社
武甕槌命を祀る歴史深い神社です。938年に鹿島神宮より御分霊を勧請して創建されたとされ、延喜式には載っていないものの日本三大実録に記載されている「河江神」と関連があると考えられています。水戸藩主に厚く崇敬され、元禄6年には水戸光圀公が参詣して詩を詠んだ記録が残っています。荒神社、稲荷神社、天満宮、素鷲神社など多くの摂末社が祀られており、例祭をはじめ御田植祭や秋祭など年間を通じて様々な祭礼が行われています。
長谷神社
かつて蒔田山密蔵院という修験道の寺院だった歴史を持つ神社です。江戸時代の天保14年に水戸藩の寺院改革により還俗処分を受けて、神社へと改められました。参道には法華経の石塔が残り、山伏の足跡が刻まれています。天照大神と天児屋根命を祀り、5月と9月に例祭と秋祭が行われます。静寂に包まれた神社として地元に親しまれています。
天白羽神社
天岩戸隠れの際に麻を植えて青和幣を作ったとされる長白羽命を祀る神社です。創建年代は不詳ですが、元禄年間に藩主徳川光圀公の命により現在の社名に改められました。境内には青麻神社が鎮座しており、こちらは白和幣を作った父神の天日鷲命を祀っています。静かで清廉な御神域として知られ、春は御田植祭、秋には新穀感謝祭が行われます。
熊野鹿島神社(旧五十部神社)
修験道の信仰地として古くから崇敬を集めた神社です。創建は不詳ですが、かつて50人の村人によって創建されたことから「五十部神社」と呼ばれていました。江戸時代には徳川光圀公の命により、鹿島の大神を相殿に奉斎して現在の社名に改められています。境内は小高い丘に位置し、石段と山道の参道を登ると、うっそうとした森に囲まれた神秘的な雰囲気が広がります。複数の末社も祀られており、静寂のなか参拝できる落ち着いた空間です。
真弓神社 爺杉
樹齢900年を超える茨城県最大級の巨木。幹周9.6メートル、樹高約45メートルの圧倒的なスケールを誇り、昭和46年に県指定天然記念物に指定されました。正面からは一本に見えますが、脇から見ると二本の杉が寄り添う双樹の姿が特徴です。かつては「婆杉」という相棒がありましたが、明治17年の落雷で焼失してしまい、現在は爺杉が一本で悠然と佇んでいます。真弓神社奥宮から少し下った山道を歩いて訪れることができ、静寂の中で圧倒的な生命力を感じられます。
板谷稲荷神社
板谷坂の高台に鎮座する稲荷神社です。伏見稲荷大社から勧請され、天明二年の創建と伝わっています。笠間稲荷神社からの分霊とも言われ、江戸中頃には既に信仰を集めていたようです。昭和50年代の道路拡張工事に伴い現在地に移転されました。狭い路地の先にありますが、地元住民によって丁寧に整備された境内と重厚な社殿が特徴で、高台からは町並みを見下ろすことができます。五穀豊穣と商売繁昌の神として、太田の商店街の信仰を集めています。
高宮神社
元禄元年の創建から300年以上の歴史を刻む神社です。御祭神は高皇産霊命で、参道入口に立つ樹齢320年のアカガシが特に見事。幹周5.4m、樹高25mの巨木は県内でも印象的な存在で、訪れた人の目を引きます。山間の静かな環境にあり、駐車スペースも用意されています。
本宮神社
大同元年(806年)に東金砂山の神殿完成までの間、仮宮として建てられたことが名の由来です。御祭神は大己貴命で、家内安全や商売繁盛などのご神徳があります。境内には市指定文化財の薬師如来立像を安置した薬師堂があり、秋には美しく色づいたイチョウが訪れる人を迎えます。また、縄文時代の石棒など貴重な遺物も祀られており、古い歴史と信仰が息づく神社です。
妙福山 佐竹寺
985年の開山から歴代の佐竹氏の祈願所として守られてきた古刹です。坂東三十三観音霊場の第22番札所として、十一面観世音菩薩を本尊とし、多くの巡礼者が訪れます。本堂は国の重要文化財で、茅葺きの寄棟造りが特徴ですが、現在修繕中です。大きな山門をくぐると、こぢんまりとした境内に本堂と三門が佇んでいます。毎月17日の縁日護摩修行など年間を通じた行事があり、駐車場も整備されているため参拝しやすい環境となっています。